喃語と初語(音声発達)

喃語期まっただなかの孫(男児)に初語らしきものが出てきた。ママとマンマが言えるようになってきたと家内が少し前に言っていたのを、あと数日で満10か月になろうかというクリスマスイブの日に、私も確認。ただし、音節の確立が不十分なようにもみえるので、ここでは「初語らしきもの」と呼んでおこう。

初語らしきものの要点(孫の場合)
表出、模倣、理解: 母親と食べ物について言葉が出かけている。母親の姿が見えない時(見えていても離れている時)や抱っこして欲しい時に「ママ、ママ」と、また、おっぱいが欲しい時(お腹がすいた時)に「マンマ、マンマ」と発するようになった。他の喃語様発声とは違って、縮約されているように感じられる。しかし、たいてい、泣きかけ、ぐずりかけ状態で発声しており、叫喚発声と非叫喚発声の混じった感じである。このことも関係するであろうが、ママ2音節、マンマ3音節は必ずしも十分に安定固定化しているわけではない。家内からの情報によれば、「ママ」の方は、「ママって言ってごらん」と母親から求められると「ママ」と返すそうだ。「パパ」も返すが、音形は「バババ」のようになるとのこと(有声化している)。自分の名前は理解できているようで、「○○○」「○ーちゃーん」と呼びかけると振り向くが、ほかの名前だと振り向かないそうだ。

言語以外の側面
運動面: はいはいによる移動、捕まり立ち移動、伝い歩きが可能。
認知面: 新しい物がとても好きなことが次のエピソードからうかがえた。目の前で、私がクリスマスプレゼントの消防車を透明なパッケージ袋から出してやっていると、非常にはっきりとした笑顔を返す。わくわくした表情で待ち受けている。このような喜びようは初めてだ。普段、好きなのは、コードのついたもの(例、パソコンのマウス)だ。電卓、文庫本、屑かごなども好きだが、今回の消防車をもらうまでの待ち受け顔はこれまでにない満面の笑みであった。なお、私の家に来たときは、必ずといっていいぐらい、壁、天井、カーテンを見回す。見慣れた光景、事物と初めてのものの違いに敏感。

初語とは
「初語」は英語の「ファースト・ワーズ(first words)」の訳語である。用語が複数形のワーズで表記されているように、「初語」は一番最初に獲得される1語のことではなく、早期に獲得される一群の語のことを表している。言語発達研究では、早期に獲得される50語ぐらいまでを初語と呼んでいる。乳幼児の発する音声連鎖が初語と認められるためには、次の条件を満たす必要がある。
1)発せられる音声連鎖の音形が安定していること
2)その音声連鎖が縮約化されていること
3)その音声連鎖が場面・状況や人、事物と安定的に結びついていること、つまり、有意味化していること

生後1年目の音声発達
ところで、生後1年目の音声産出面の発達はどのように進行するのだろうか? 以前、発達心理学のテキストブック(山内、1998)で、スターク(Stark, 1979, 1980)の考えを中心にして、音声面の発達を段階論的に紹介したことがある。そのテキストの中から、初語が発現するあたりまでの音声発達に関する部分を以下に再録する。

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再録資料
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綿巻徹 1998 コミュニケーションと言語の発達 山内光哉編 発達心理学上巻 [第2版] 周産・新生児・乳児・幼児・児童期(pp. 99-107) ナカニシヤ出版 より転載

2. 乳・幼児期の言語発達
子どもは,自分の属する言語共同体で話されている言語(たとえば,日本語や英語)の基礎部分を,3歳になる頃までに獲得する。まだ,受け身文のような文法構造が復雑な文を駆使することはできなくても,すでに,多様な話題について生き生きと話すことのできる優れた話し手である。そこに至るまでには,初語の発現(10~14か月),二語発話の発現(18~22か月)という,言語発達の里程標となる大きな変化がみられる。本節では,前言語期0~11か月),移行期(一語発話期,12~20か月),言語期(20か月以降)の3つの段階に分けて,3歳までの言語発達を説明する。

(1)前言語期
スターク(Stark, 1979, 1980)は、前言語期(初語が出現するまでの時期)の音声面の発達を次の5つの段階に分けている。

1)反射性の発声と自律神経性の発声(0~8週)
この時期には泣き声やむずかり戸などの反射性の発声と,げっぷやくしゃみなどの自律神経活動の際に生起する発声がみられる。これらの発声には,母音様の音〔ぼいんようのおん〕が多くふくまれている。アーウィンとカリー(Irwin & Curry, 1941)によれば,新生児期の泣き声にみられる母音様の音の70%以上が[ӕ]の音である〔「ア」の音である〕。この期の非叫換発声〔ひきょうかんはっせい〕には共鳴が不足しており(オラー Oller, 1980), この点が大人の発する母音と異なる。

2) クーイング(8~20週)
音声発達における最初の発達里程標がクーイングである。すなわち,2 ヵ月頃になると,子どもは快状態の時によく発声するようになる。この発声は「クークー」というハトの鳴き声に似ていることから,クーイングとよばれている。主に母音様の音が単発的に発せられ,その大部分は[ɛ],[ɪ],[ʌ]の音である〔「エ」「イ」「ア」の音である〕(アーウィン,1948)。子音様の音〔しいんようのおん〕としては[ɡ:],[h],[ç]〔「グー」「ハ」「ヒ」〕などの口蓋音〔こうがいおん〕や声門音に近い発声が見られる(村井,1970)。

3) 発声遊び(16~30週)
4 ヵ月頃から,子どもは,長くひっぱった母音様や子音様の音を発し始める。子どもはこうした単一音節の発声を頻繁に繰り返し,以前よりも舌の位置を多様に変えて発声するようになる。発声遊びは,初期には大人との相互作用場面でよくみられるが,後期には物を見つめたり口にくわえて探索する時によくみられる。

4)  反復喃語(25~50週)
反復喃語〔なんご〕とは,子音-母音からなる音節が連続して産出され,しかもすべての音節に同じ子音がふくまれている音節の連鎖,たとえば[nana]〔ナナ〕, [adada]〔アダダ〕のような発声のことをいう。反復喃語の発現は音声発達上の2番目の里程標である。母音核音がよく共鳴するようになり,[d], [p], [b], [m], [n], [tʃ], [dʒ]〔「ドゥ」「プ」「ブ」「ム」「ヌ」「チュ」「ジュ」〕などの子音がみられる。音素面の発達に加えて,子音から母音,母音から子音への移行がなめらかになり,この時期に発せられる音は大人の分節音にかなり近い音になる。

5) 非反復喃語(9~18ヵ月)
9 ヵ月頃から,子どもは,母音,子音-母音,子音-母音-子音などの音節を複雑に組みあわせて,ひとつづきの音声を発するようになる。音節ごとに異なる子音が使われ始め,反復喃語にみられた音節の反復性が崩壊していく。これが非反復喃語である。非反復喃語はさまざまな強勢や音調をつけて発声されるため,大人には外国語のように聞こえる。そのため,ジャーゴン(jargon)ともよばれている(ジャーゴンとは,特定の集団や仲間内にだけ通じ,外部の人には意味のわからないことばのことをいう)。

初期の反復喃語や非反復喃語は,物を使ったひとり遊びや,外界を探索する際に,自己刺激的に産出されることが多い。その後,これは,儀式化した模倣ゲーム,たとえばイナイイナイバー遊びや物のやりとり遊びに組みこまれていき,大人とのコミュニケーションにも使われるようになる。特定の場面と安定的に結びついてゲームや要求などに使われ始めた発声は,個人に特有な語,音語(vocable),原言語などの名称でよばれている。

(2)移行期(一語発話期)

8 ヵ月から 1 歳 5 ヵ月の聞に,最初の有意味語が出現する。もっとも早い年齢段階に出現する一群の語は,初語(first words)とよばれている。初語が発現するためには,喃語を産出する力に加えて,周りの大人が話している音声を認識し,それを再生的に使用できる力が必要である(ファーガソン Ferguson, 1976)。というのは,初語では,その音形構造が,大人の使っていることばの音形にのっとり,単語として,縮約されなくてはならないからである。たとえば,「ウンマンママママ」のような冗長な発音ではなく,「マンマ」のように短く発音できるようにならなくてはならない。

この年齢段階の子どもには,発音の明瞭な音を使って話そうとする子どもと,明瞭な音をつくるのが苦手で,発話全体の抑揚や調子を使って話そうとする子どもがいる(ドア Dore, 1974)。後者のタイプの子どもは,初語の発現が遅れる可能性が高い。

文献
■Dore, J. 1974 A pragmatic description of early language development. Journal of Psycholinguistic Research, 4, 343-351.
■Ferguson, C. A. 1976 Learning to pronounce: The earliest stages of phonological development in the child. [P. Fletcher, & M. Garman (Eds.) 1979 Language Acquisition: Studies in First Language Development. Cambridge: Cambridge University Press. Introductionより引用]
■Irwin, O. C. 1948 Infant speech: Development of vowel sound. Journal of Speech and Hearing Disorders, 13, 31-34.
■Irwin, O. C., & Curry. T. 1941 Vowel elements in the crying vocalization of infants under ten days of age. Child Development, 12, 99-109.
■村井潤一1970 言語機能の形成と発達 風間書房
■Oller, D. K. 1980 The emergence of the sounds of speech in infancy. In G. H. Yeni-Komshian, J. F. Kavanagh, & C. A. Ferguson (Eds.), Child Phonology. Vol. 1. Production. New York: Academic Press.
■Stark, R. E. 1979 Prespeech segmental feature development. In P. Fletcher, & M. Garman (Eds.), Language Acquisition: Studies in First Language Development. Cambridge: Cambridge University Press.
■Stark, R. E. 1980 Stages of speech development in the first year of life. In G. H. Yeni-Komshian, J. F. Kavanagh, & C. A. Ferguson (Eds.), Child Phonology. Vol. 1. Production. New York: Academic Press.
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以上のように、語の表出が可能になるには、獲得対象言語に必要な母音や子音が着実に表出レパートリーとなっていくことに加えて、音節構造が確立し、音節から音節へのスムーズな移動が確立していくことが必要である。日本語の場合、それは、モーラ(拍)、イントネーション輪郭曲線の高低、発話時の状況の意味(ことばが使用される場面やその中で生起する出来事、事物、人物)等も手がかりにしながら行われる。

では、音形面の表出の発達は音声認識の発達とどのように関係し合っているのだろうか。この問いに興味をもたれた方は、2004年のネーチャー・レビュー誌11月号に掲載されている Kuhl (2004) 「初期言語獲得:話し言葉の暗号を解読する」をみるといいですよ。生後12か月までのスピーチの知覚と産生の発達のユニバーサルな言語発達時刻表の美しい図が載っているし、内容がとてもエレガントです。
Kuhl P. K. 2004 Early language acquisition: Cracking the speech code. Nature Reviews Neuroscience, 5, November, 831-843.