初期音声発達の共通性と個人差(1/2)

喃語から発語にいたる音声(音韻)発達の共通性と個人差を、ロック(Locke, 1983)の音声発達起源の生物学モデルを出発点にして、定型発達児10名のデータで検討したのがヴィーマンらの論文である(Vihman, Ferguson, & Elbert, 1986)。言語の生得性や音声(音韻)発達に興味のある方はとっくに読んでおられるかもしれないが、私がこの論文を知ったのはつい最近のことである。
■Locke, J. L. (1983). Phonological Acquisition and Change. New York: Academic Press.
■Vihman, M. M., Ferguson, C. A., & Elbert, M. (1986). Phonological development from babbling to speech: Common tendencies and individual differences. Applied Psycholinguistics, 7, 3-40.

ヴィーマンら(1986)では、対象児間の共通性、個人差、発達に伴う一様性の増加(個人差の減少)、ある発達段階で優勢な特徴、等々を観点にして、音声発達の生物学的基礎(生物学的制約)と、周囲との相互作用をとおして学習された側面について論じられている。データ分析の方法は学ぶべき点が多い。討論セクションでは、ダウン症や聴覚に障害のある子供についての先行研究も取り上げられている。

30頁を超える長い論文なので、2回に分けて紹介する。この投稿では、方法・手続きに関する部分を要約紹介する。討論セクションの要約については、次回の投稿で紹介する。方法・手続きは実証研究者には有益であっても、読み物としては退屈なので、主要な研究結果とその意義をとりあえず知りたい方は、次回の投稿(現在準備中)を先に御覧ください。

ヴィーマンら(1986)のデータ収集・選択の特徴
(1)最も大きな特長は、複数事例縦断調査となっている点である。データ収集は、喃語期にある10名の幼児を対象に、月齢9か月から16か月までのあいだ毎週30分間録音・録画されている。

(2)音声面の発達推移を知るためのデータポイントには、月齢ポイントではなく、語彙サイズを基準にした4段階(0語段階、4語段階、15段階、25語段階)のポイントを採用している。これは、言語発達の早い子、遅い子の違いを取り去って、語彙発達レベルを基準にして音声面の発達を比較するための工夫として位置づけられている。

ヴィーマンら(1986)のデータ分析の特徴
論文の主要結果は次の3つに分けて提示されている。

(1)音声の傾向(phonetic tendency)の検討は、単語と喃語をこみにした資料で行われている。これは、プロソディー面の現象、つまり、発話の長さや音節の形(syllable shape)に焦点を当てた分析として位置づけられている。

(2)子音インベントリは、一人一人の対象児について、単語と喃語を別々に分離した上で、次の7つの子音クラスに分類して順にリストされている。つまり、末子音(final consonants)、無声閉鎖音(voiceless stops)、有声閉鎖音(voiced stops)、 無声摩擦音(voiceless fricatives)、有声摩擦音(voiced fricatives)、鼻音(nasals)、わたり音・流音・両唇トリル(glides, liquids, bilabial trill)の順にリストされている。なお、これらの子音クラスのうち、「無声閉鎖音」以下の6つのクラスは調音法を観点にした分類クラスである(ただし、無声・有声の対立は問わない)。

(3)単語選択(word choices)が対象児によってどのようになされているかについて、子音を観点にして分析されている。単語の選択には単語の全体の形(shape)やプロソディー、母音パターンも役割を果たしているという立場もあるが、ヴィーマンらは、単純化された仮説、つまり、単語の選択は子音を標的にして行われるという仮説を採用している。

では、「音声の傾向」「子音インベントリ」「単語選択」に関する結果がどのような方法・手続きを経て作り出されているかをもう少し具体的に紹介していくことにしよう。

1.音声面の傾向
ヴィーマンらは、対象児10名の一人一人について、音声に関する諸カテゴリ(phonetic categories)がどのように発生しているかを、百分率(%)で、4つのデータポイントについて求めている。%の値が結果セクションに表として提示されている音声カテゴリは以下の8つである。

(a)発声の長さ(vocalization length):これは、採取、転記された発声を、音節数を基準にして、1音節発声(monosyllables)、2音節発声(disyllables)、3音節以上発声(polysyllables、多音節)に分類し、これら3種の長さの発声の占有率(%)が算出されている。たとえば、女児エミリーの0語段階は、1音節発声が46%、2音節発声が27%、3音節以上発声が28%を占めている。

(b)子音調音点(consonant place):子音を1)唇音〔唇歯音を含む〕、2)歯音〔歯茎音、口蓋音を含む〕、3)軟口蓋音〔口蓋垂音を含む〕に分類し、各分類クラスの占有率(%)が算出されている。ただし、声門音、わたり音は除外されている。たとえば、女児エミリーの0語段階は、唇音が86%、歯音が0%、軟口蓋音が14%を占めている。

(c)子音調音法(consonant manner):子音を1)閉鎖音、2)鼻音、3)摩擦音、4)流音に分類し、各分類クラスの占有率(%)が算出されている。たとえば、女児エミリーの0語段階は、閉鎖音が47%、鼻音が47%、摩擦音が0%、流音が7%を占めている。

(d)真の子音の発生率:真の子音(true consonant)を1個以上含んだ発声が全発声の何%を占めていたか。たとえば、女児エミリーの真の子音発生率は、0語段階が13%、4語段階が70%、15語段階が70%、25語段階が66%である。

(e)末子音の発生率:末子音(final consonants)が含まれている発声が全発声中の何%を占めていたか。たとえば、女児エミリーの末子音発生率は、0語段階が1%、4語段階が17%、15語段階が10%、25語段階が2%である。

(f)子音クラスターの発生率:出現位置には関係なく、子音クラスターを1個でも含んでいる発声が全発声中の何%を占めていたか。なお、クラスターには、真の子音に、わたり音(glide)や英語以外の破擦音(affricate)をプラスしたものが含まれている。たとえば、女児エミリーの子音クラスター発生率は、0語段階が0%、4語段階が3%、15語段階が5%、25語段階が2%である。

(g)非反復子音の発生率:この発生率は、非反復子音(contrasting consonants)が複数音節発声(multisyllabic vocalizations)に占める百分率、つまり、2音節発声と3音節以上発声(disyllables and polysyllables、2音節と多音節)に占める百分率のことである。また、非反復子音発声とは、1つの発声内に「末子音以外で異なる真の子音」(contrasting nonfinal true consonants)が2つ以上含まれている発声のことである。つまり、C1, . . . C2. . . [C3 . . . ]のようになっている発声のことである。たとえば、女児エミリーの非反復子音の発生率は、0語段階が0%、4語段階が5%、15語段階が24%、25語段階が15%である。

(h)反復子音の発生率:この反復子音(reduplicated consonants)の発生率は、同一子音が反復したシークエンス(C1VC1)が全2音節(all disyllables)発声のうちの何%を占めているかを表している。たとえば、女児エミリーの反復子音の発生率は、0語段階が5%、4語段階が45%、15語段階が43%、25語段階が38%である。

≪注意≫ なお、ヴィーマンらは、1つ1つの発声を特徴づけるのに使われたのは1つの音声ストリング内の最初の真の子音であって、末子音でないことに留意するように注意喚起している。これは、分析を簡略化するために行われている。

以上が、「音声の傾向」を記述するために、ヴィーマンらが設定した8つの音声カテゴリである。

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個人間の共通性と個人差をとらえる方法
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ヴィーマンらは、個人に関する数値と、グループに関する数値(平均値と標準偏差)がどのようであり、またどのように変化するかを目印にして、個人間の共通性と個人差の発現とその変化をとらえようとしている。子音インベントリの話に入る前に、対象児一人一人に関する数値と、語彙発達の進度によって対象児をグループにまとめた場合の代表値(平均値)の扱いについて、ヴィーマンらがどのような工夫を行っているかをみておくことにしよう。

■個人の数値とグループの数値の扱い
先にもふれたように、ヴィーマンら(1986)の研究の眼目は、喃語期から語彙発達初期にかけての音声発達の生物学的基礎や、音声発達に対する外的な影響を明らかにすることにある。これを実現するために、ヴーマンらは、一方では、グループの平均値を基にして、語彙発達のある段階ではどの音声カテゴリが優勢であるか検討している。もう一方では、標準偏差(以下、SD)、つまり、グループ内の各対象児の数値(構成比率や発生率)がどの程度バラついているかをもとにして、語彙発達のある段階ではどの音声カテゴリが、個人間で共通性が高いか、それとも逆に、共通性が低い(個人差が大きい)かを検討している。また、隣接し合った2つの発達段階では、SDがどの程度大きくなるか(個人差が増加)、また逆に、どの程度小さくなるか(一様性が増加、個人差が減少)、それともあまり変化しないかを検討している。

以上のように、ヴィーマンらの試みは、隣接し合った2つの発達段階間でSDがどの程度増減していたかを指標にして、音声発達を特徴づける諸カテゴリにおける個人差や、対象児間の一様性が、語彙発達の前進にともなってどのように変化していくかに関する結果を提示した上で、音声発達の生物学的基礎や音声発達に対する外からの影響について議論を展開している。このようなやり方は、自然観察を用いた複数事例縦断研究法による幼児音声学(child phonology)のリサーチモデルの1つになるだろう。
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2.子音インベントリ
ヴィーマンらは、子音インベントリを1つの創発システムとみなしたうえで、それがどのように発達してくるかを調べようとしている。それを行うために、子供の発した発声や音声に関しては次のような区分が行われている。1)単語と単語でないもの。2)非末子音(子音が先頭位置にある発声もしくは子音が中間位置にある発声)と末子音。3)多用セグメントと過少使用セグメント(前者は1観察セッションに4回以上出現、後者は1~3回出現)。

子音インベントリの表には、4語段階と15語段階の結果が記載されている。表に記載された子音は、この2つ段階をそれぞれ構成している3観察セッション中のどれか1セッションにおいて4回以上出現した子音である。子音インベントリには、「阻害音+流音」でできたクラスターが中間位置にある発声も含まれている(阻害音obstruentとは、閉鎖音と摩擦音を合わせたもののこと)。

3.単語選択
ヴィーマンらは、初期音声知識(early phonology)の形成にどれぐらい個人差があるかを検討するための方法として、「単語選択系統樹」(word selection trees)を作成している。ヴィーマンらの単語選択系統樹は、子供の産出した単語に、大人の単語の形がどのように反映されているか、それが加齢に伴ってどう変化していくかを表している。この系統樹は、ファーガソンとファーウェル(Ferguson & Farwell, 1975)の「音声系統樹」(phone tree)を応用変形させたものである。以下では、子供が発した単語を大人の使っている成人語に関係づける作業がどのようにしてなされたか、単語選択系統樹はどのように表現されているかについて紹介することにしよう。

■子供の発した単語と成人語の対応づけ方
(1)子供の産出した単語のヴァリアント・トークンの1つに「成人語の最初の非末子音」が含まれていた場合には、その単語を「成人語の最初の非末子音」の下に位置づけられる。たとえば、[da?i: ~tai ~kai ~ga:i] はdoggyで、D語としてカウントされる。

(2)成人語に初頭子音がない場合、または、子供が産出した1つの発声の中で最初に使われている子音が、成人語内のより後方の子音と一致している場合には、子供の子音のもとになった子音の下に位置づけられる。たとえば、[?ap ~hʌp] はupで、P語としてカウントされる。

(3)成人語の子音と一致する子音を含んでいない単語は、最もよく一致する子音の下に位置づけられる。たとえば、[si]はthreeで、THETA語の下に位置づけられる。

(4)子供の単語に子音が出現していない場合には、母音先頭の下に位置づけられる。たとえば、[?eə] は(h)airであるとされる。

(5)ファーガソンとファーウェルの音声系統樹と混同されないようにするために、単語選択系統樹は、大文字を四角で囲った記号を使ってツリーが作られている。

(6)異なるセッションの同じ子音は線で結ばれる。異なるセッションに同一の単語が含まれていない場合は点線で結ばれる。前のセッションで使われた単語と同じ単語が1個以上、後のセッションで使われていた場合には実線で結ばれる。

≪注意≫ 国際音標フォント、発音記号の入力方法をよく理解していないため、本稿では、ヴィーマンらの論文で使われている音声表記が正確でないかもしれません。ご利用される場合には、お手数をかけますが、原典での確認をお願いいたします。

以上、10名の子供を対象にして、喃語段階から早期25語段階にいたる音声面の発達を検討したヴィーマンら(1986)の論文の方法・手続きの要点を紹介した(なお、採取した音声資料から文字転記資料の作成手続き等については省略してある)。

次回は、この論文の討論セクションを要約、紹介します。

喃語と初語(音声発達)

喃語期まっただなかの孫(男児)に初語らしきものが出てきた。ママとマンマが言えるようになってきたと家内が少し前に言っていたのを、あと数日で満10か月になろうかというクリスマスイブの日に、私も確認。ただし、音節の確立が不十分なようにもみえるので、ここでは「初語らしきもの」と呼んでおこう。

初語らしきものの要点(孫の場合)
表出、模倣、理解: 母親と食べ物について言葉が出かけている。母親の姿が見えない時(見えていても離れている時)や抱っこして欲しい時に「ママ、ママ」と、また、おっぱいが欲しい時(お腹がすいた時)に「マンマ、マンマ」と発するようになった。他の喃語様発声とは違って、縮約されているように感じられる。しかし、たいてい、泣きかけ、ぐずりかけ状態で発声しており、叫喚発声と非叫喚発声の混じった感じである。このことも関係するであろうが、ママ2音節、マンマ3音節は必ずしも十分に安定固定化しているわけではない。家内からの情報によれば、「ママ」の方は、「ママって言ってごらん」と母親から求められると「ママ」と返すそうだ。「パパ」も返すが、音形は「バババ」のようになるとのこと(有声化している)。自分の名前は理解できているようで、「○○○」「○ーちゃーん」と呼びかけると振り向くが、ほかの名前だと振り向かないそうだ。

言語以外の側面
運動面: はいはいによる移動、捕まり立ち移動、伝い歩きが可能。
認知面: 新しい物がとても好きなことが次のエピソードからうかがえた。目の前で、私がクリスマスプレゼントの消防車を透明なパッケージ袋から出してやっていると、非常にはっきりとした笑顔を返す。わくわくした表情で待ち受けている。このような喜びようは初めてだ。普段、好きなのは、コードのついたもの(例、パソコンのマウス)だ。電卓、文庫本、屑かごなども好きだが、今回の消防車をもらうまでの待ち受け顔はこれまでにない満面の笑みであった。なお、私の家に来たときは、必ずといっていいぐらい、壁、天井、カーテンを見回す。見慣れた光景、事物と初めてのものの違いに敏感。

初語とは
「初語」は英語の「ファースト・ワーズ(first words)」の訳語である。用語が複数形のワーズで表記されているように、「初語」は一番最初に獲得される1語のことではなく、早期に獲得される一群の語のことを表している。言語発達研究では、早期に獲得される50語ぐらいまでを初語と呼んでいる。乳幼児の発する音声連鎖が初語と認められるためには、次の条件を満たす必要がある。
1)発せられる音声連鎖の音形が安定していること
2)その音声連鎖が縮約化されていること
3)その音声連鎖が場面・状況や人、事物と安定的に結びついていること、つまり、有意味化していること

生後1年目の音声発達
ところで、生後1年目の音声産出面の発達はどのように進行するのだろうか? 以前、発達心理学のテキストブック(山内、1998)で、スターク(Stark, 1979, 1980)の考えを中心にして、音声面の発達を段階論的に紹介したことがある。そのテキストの中から、初語が発現するあたりまでの音声発達に関する部分を以下に再録する。

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再録資料
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綿巻徹 1998 コミュニケーションと言語の発達 山内光哉編 発達心理学上巻 [第2版] 周産・新生児・乳児・幼児・児童期(pp. 99-107) ナカニシヤ出版 より転載

2. 乳・幼児期の言語発達
子どもは,自分の属する言語共同体で話されている言語(たとえば,日本語や英語)の基礎部分を,3歳になる頃までに獲得する。まだ,受け身文のような文法構造が復雑な文を駆使することはできなくても,すでに,多様な話題について生き生きと話すことのできる優れた話し手である。そこに至るまでには,初語の発現(10~14か月),二語発話の発現(18~22か月)という,言語発達の里程標となる大きな変化がみられる。本節では,前言語期0~11か月),移行期(一語発話期,12~20か月),言語期(20か月以降)の3つの段階に分けて,3歳までの言語発達を説明する。

(1)前言語期
スターク(Stark, 1979, 1980)は、前言語期(初語が出現するまでの時期)の音声面の発達を次の5つの段階に分けている。

1)反射性の発声と自律神経性の発声(0~8週)
この時期には泣き声やむずかり戸などの反射性の発声と,げっぷやくしゃみなどの自律神経活動の際に生起する発声がみられる。これらの発声には,母音様の音〔ぼいんようのおん〕が多くふくまれている。アーウィンとカリー(Irwin & Curry, 1941)によれば,新生児期の泣き声にみられる母音様の音の70%以上が[ӕ]の音である〔「ア」の音である〕。この期の非叫換発声〔ひきょうかんはっせい〕には共鳴が不足しており(オラー Oller, 1980), この点が大人の発する母音と異なる。

2) クーイング(8~20週)
音声発達における最初の発達里程標がクーイングである。すなわち,2 ヵ月頃になると,子どもは快状態の時によく発声するようになる。この発声は「クークー」というハトの鳴き声に似ていることから,クーイングとよばれている。主に母音様の音が単発的に発せられ,その大部分は[ɛ],[ɪ],[ʌ]の音である〔「エ」「イ」「ア」の音である〕(アーウィン,1948)。子音様の音〔しいんようのおん〕としては[ɡ:],[h],[ç]〔「グー」「ハ」「ヒ」〕などの口蓋音〔こうがいおん〕や声門音に近い発声が見られる(村井,1970)。

3) 発声遊び(16~30週)
4 ヵ月頃から,子どもは,長くひっぱった母音様や子音様の音を発し始める。子どもはこうした単一音節の発声を頻繁に繰り返し,以前よりも舌の位置を多様に変えて発声するようになる。発声遊びは,初期には大人との相互作用場面でよくみられるが,後期には物を見つめたり口にくわえて探索する時によくみられる。

4)  反復喃語(25~50週)
反復喃語〔なんご〕とは,子音-母音からなる音節が連続して産出され,しかもすべての音節に同じ子音がふくまれている音節の連鎖,たとえば[nana]〔ナナ〕, [adada]〔アダダ〕のような発声のことをいう。反復喃語の発現は音声発達上の2番目の里程標である。母音核音がよく共鳴するようになり,[d], [p], [b], [m], [n], [tʃ], [dʒ]〔「ドゥ」「プ」「ブ」「ム」「ヌ」「チュ」「ジュ」〕などの子音がみられる。音素面の発達に加えて,子音から母音,母音から子音への移行がなめらかになり,この時期に発せられる音は大人の分節音にかなり近い音になる。

5) 非反復喃語(9~18ヵ月)
9 ヵ月頃から,子どもは,母音,子音-母音,子音-母音-子音などの音節を複雑に組みあわせて,ひとつづきの音声を発するようになる。音節ごとに異なる子音が使われ始め,反復喃語にみられた音節の反復性が崩壊していく。これが非反復喃語である。非反復喃語はさまざまな強勢や音調をつけて発声されるため,大人には外国語のように聞こえる。そのため,ジャーゴン(jargon)ともよばれている(ジャーゴンとは,特定の集団や仲間内にだけ通じ,外部の人には意味のわからないことばのことをいう)。

初期の反復喃語や非反復喃語は,物を使ったひとり遊びや,外界を探索する際に,自己刺激的に産出されることが多い。その後,これは,儀式化した模倣ゲーム,たとえばイナイイナイバー遊びや物のやりとり遊びに組みこまれていき,大人とのコミュニケーションにも使われるようになる。特定の場面と安定的に結びついてゲームや要求などに使われ始めた発声は,個人に特有な語,音語(vocable),原言語などの名称でよばれている。

(2)移行期(一語発話期)

8 ヵ月から 1 歳 5 ヵ月の聞に,最初の有意味語が出現する。もっとも早い年齢段階に出現する一群の語は,初語(first words)とよばれている。初語が発現するためには,喃語を産出する力に加えて,周りの大人が話している音声を認識し,それを再生的に使用できる力が必要である(ファーガソン Ferguson, 1976)。というのは,初語では,その音形構造が,大人の使っていることばの音形にのっとり,単語として,縮約されなくてはならないからである。たとえば,「ウンマンママママ」のような冗長な発音ではなく,「マンマ」のように短く発音できるようにならなくてはならない。

この年齢段階の子どもには,発音の明瞭な音を使って話そうとする子どもと,明瞭な音をつくるのが苦手で,発話全体の抑揚や調子を使って話そうとする子どもがいる(ドア Dore, 1974)。後者のタイプの子どもは,初語の発現が遅れる可能性が高い。

文献
■Dore, J. 1974 A pragmatic description of early language development. Journal of Psycholinguistic Research, 4, 343-351.
■Ferguson, C. A. 1976 Learning to pronounce: The earliest stages of phonological development in the child. [P. Fletcher, & M. Garman (Eds.) 1979 Language Acquisition: Studies in First Language Development. Cambridge: Cambridge University Press. Introductionより引用]
■Irwin, O. C. 1948 Infant speech: Development of vowel sound. Journal of Speech and Hearing Disorders, 13, 31-34.
■Irwin, O. C., & Curry. T. 1941 Vowel elements in the crying vocalization of infants under ten days of age. Child Development, 12, 99-109.
■村井潤一1970 言語機能の形成と発達 風間書房
■Oller, D. K. 1980 The emergence of the sounds of speech in infancy. In G. H. Yeni-Komshian, J. F. Kavanagh, & C. A. Ferguson (Eds.), Child Phonology. Vol. 1. Production. New York: Academic Press.
■Stark, R. E. 1979 Prespeech segmental feature development. In P. Fletcher, & M. Garman (Eds.), Language Acquisition: Studies in First Language Development. Cambridge: Cambridge University Press.
■Stark, R. E. 1980 Stages of speech development in the first year of life. In G. H. Yeni-Komshian, J. F. Kavanagh, & C. A. Ferguson (Eds.), Child Phonology. Vol. 1. Production. New York: Academic Press.
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以上のように、語の表出が可能になるには、獲得対象言語に必要な母音や子音が着実に表出レパートリーとなっていくことに加えて、音節構造が確立し、音節から音節へのスムーズな移動が確立していくことが必要である。日本語の場合、それは、モーラ(拍)、イントネーション輪郭曲線の高低、発話時の状況の意味(ことばが使用される場面やその中で生起する出来事、事物、人物)等も手がかりにしながら行われる。

では、音形面の表出の発達は音声認識の発達とどのように関係し合っているのだろうか。この問いに興味をもたれた方は、2004年のネーチャー・レビュー誌11月号に掲載されている Kuhl (2004) 「初期言語獲得:話し言葉の暗号を解読する」をみるといいですよ。生後12か月までのスピーチの知覚と産生の発達のユニバーサルな言語発達時刻表の美しい図が載っているし、内容がとてもエレガントです。
Kuhl P. K. 2004 Early language acquisition: Cracking the speech code. Nature Reviews Neuroscience, 5, November, 831-843.

ロックの言語発達段階

前回、ロック(Locke, 1997)が4段階の言語発達モデルを提案していることにふれた。本稿では、このモデルがどのようなものであるかを紹介する。

■Locke, J. 1997 A theory of neurolinguistic development. Brain and Language, 58, 265–326.

ロックは、言語の発達が、(1)音声学習、(2)発話獲得、(3)分析と計算、(4)統合と精緻化、の諸段階を経るとしている。それらの段階が始まるおよその月齢(年齢)と、各段階がどのような特徴をもっているかを、かなりたくさんの先行研究を挙げながら、記述、説明している。

注1)本稿の「段階」という用語は、ロック論文のフェーズ(phase)という用語に私が与えた訳語である。本稿で「段階」と表記されている語の意味は、ステージ(stage)ではなく、フェーズ(phase)、つまり、「相」「期」「時期」である。ご注意ください。

ロックの言語発達モデルを学ぶと、「言語の各下位領域」の発達と、「処理過程システム及びそれを支えている神経認知メカニズム」の発達がどのように関係し合っているかについて、理解、説明できるようになるよ。

では、各段階の特徴をみていくことにしよう。

第1期: 音声学習の段階(胎児期の最終3か月期から)
子供は、人の顔や声に対する強い指向性をもっており、養育者の発した声の表層的な特徴、たとえば、プロソディー(韻律、言葉のメロディーやリズム)やイントネーションの高低曲線を学習する。子供は、身近な大人たちが発するスピーチ(話し言葉、音声言語、話しかけ)の表層的な特徴に慣れ、その人が誰であるかを見分け始める。

この時期には音声、特に、発話のプロソディーと音声セグメント(sound segments)が学習されるが、それらの学習と関係してい神経認知メカニズムは、社会的認知専用処理機構である。音声は、社会的相互作用場面、対人関係場面、とりわけ、顔や表情と結びついた形で学習される。

注2)音形能力の発達は、まだ分節化されていないひと続きの音声の断片から、個別言語に固有な音節パターンや母音、子音が確立していく過程である。音節、音素、音韻という概念がまだ当てはまらないこの時期の発話断片をニュートラルに示すために「音声セグメン」という用語が使われているようだ。

注3)「社会的認知専用処理機構」は、a specialization in social cognition (SSC)に対して私が与えた訳語。ロックは、社会的認知「モジュール」という用語ではなく、社会的認知「スペシャリゼーション」(特化、分化)という用語を採用している。それは、このスペシャリゼーションが人間以外の霊長類にもみられるものであって、人間にしかみられない文法モジュール(文の構文解析、統語の生成、形態の計算を行う)ほど、十分にモジュール化しているとは言えないためである。本稿で紹介している論文以前に出版された著書(Locke, 1993)では、SSC (社会的認知専用処理機構)と GAM (Grammatical Analysis Module 文法分析モジュール)について、かなり詳しく論じられている。SSC と GAM による二元モデルについては、別の機会に改めて紹介することにしよう。

■Locke, J. L. (1993) The Child’s Path to Spoken Language. Cambridge, MA: Harvard University Press.

言語発達を開始させる動因について、ロックは興味深いことを述べている。それは、言語発達の始まりは、言語を学ぼうとする子供の努力によるのではなく、大人側が話しかけたり、あやしたり、相手をすることをとおして、その人自身やその人の行動に注意を向けさせたり、応答させようと働きかける大人側のバイアスにあるとする見解である。

赤ちゃんが言葉を身につけるには、お母さん(赤ちゃんを世話する人)が、赤ちゃんに積極的に関わってあげることが何よりも大切なんだ。

第2期: 発話獲得の段階(月齢5~7か月から)
子供は、身近で話されている言葉の音声特性に関する情報を取り入れ、発話を収集、貯蔵する。発話の収集を担っているのは、主として右半球を座とする社会認知メカニズムである。

子供は、耳にした言葉やその一部を、句(注:文法的に組み立てられた句のことではなく、一続きの固定した決まり文句、ステレオタイプな発話)として貯蔵する。その句のシーケンスの長さや、強弱パターン、イントネーションの高低曲線はかなり正確に保持されるが、単語が音節、音素などの構成要素からできていることには気づいていない。単語をその使い方によって分類する原理にも気づいていない。この貯蔵過程には、プロソディーは特定できても、音節は特定できないという限界がある。

この段階は、まだ1つの文法を作り出すことはできないが、次の段階の分析・計算処理過程を活性化するのに必要とされる大量の言語データをサンプルとして収集、貯蔵する、という重大な役割をはたしている。

子供にとっても、この段階は特に重要である。それは、子どもにコミュニケーションの新たな手段と機会を提供する時期だからである。つまり、限られたコンテキスト(場面、状況)の中でうまく役立ち、効果的に機能する「手始めとなる発話」を子供に提供するからだ。また、たとえ表現形式が未熟であっても、大人が行っているのと同じような社会的相互作用に参加する機会を子供に提供するからだ。

第3期: 分析と計算の段階(月齢20~37か月から)
この段階では、前段階で収集、貯蔵された素材(単語、句)を対象にして、操作が実行される。実行される操作は、分析と計算(構造計算)である。まず分析が行われ、後に計算が行われる。

「分析」とは、それまでに記憶、貯蔵された音声形式を音節に分解し、規則性を発見することである。これを促す処理過程は、文法規則の発見にも適用されるが、それを主に担っているのは左半球メカニズムである。このメカニズムのおかげで、音韻、形態、統語が可能になる。

構造分析システムは、発話を統合している諸規則や、発話内の要素間の文法関係に関する諸規則を学習する。それは、発話の中で繰り返し出現する要素とその位置や、複数の発話と発話の間で繰り返し出現する要素とその位置を突き止めることによって実現される。

「計算」とは、ある言語形式に規則を適用することによって別の言語形式を導出することである。たとえば、walk + ed = walked のように、規則変化動詞の語幹 walk の末尾に、過去形であることを示す接辞 ed を結合する規則を適用することによって、その動詞の過去形 walked を導出することである。これに関連して、ロックは、動詞の不規則変化形は「連想」的に処理されるとしている。

語彙の中に貯蔵されている固定した決まり文句(分けることのできない1つの全体として丸ごとおぼえている語句)が退行・衰退し始める。それに代わって、音形面がより改良された語に取り替えられる。また、以前獲得されたより未熟な音形が捨てられ、成人のよりシンプルな音韻体系の下で音形が再構築される 。

文法能力の誘導は、それ以前に成し遂げられた成功の量に依存する。もしも発話の貯蔵、記憶がうまく行われていなかった場合には、分析メカニズムを作動させる対象そのものがないため、規則を取り出し、発見することができない。この処理過程が活性化している(分析機能と計算機能が稼働する)期間は、比較的短い期間に限定されている。その期限が過ぎると、それらの機能は低下し始める。これが、前回の投稿で紹介した言語発達の「臨界期」である。とても重要なので繰り返しておくと、ロックの考えによれば、文法能力の発達の責任を担っている分析メカニズムのスイッチがオンにされるのはこの第3段階に限られているんだ。

第4期: 統合と精緻化の段階(3歳余から)
前の段階(第3期)において分析能力と計算能力が言語獲得システムに統合されたことによって、この段階では、たくさんの語が学習され、よりいっそう大きな語彙を実現することが可能なる。またこれと並行して、統語処理がより自動的に実行されるようになる。また、産出される音形(構音、発音)も大人の音形にいっそう近づいていく。

より大きな語彙が実現されていく過程は次のようだとロックは考えている。構造分析を貯蔵されている形式(発話)に適用することによって、規則性を取り出す。つまり、規則を産出する。すると次は、これらの規則を、今ここで入力された発話に当てはめ、その発話に構造を付与する。このような操作を繰り返し行うことによって、新しい単語をどんどん学習していく。

日本語の例で具体的に考えてみよう。動作(や行為、動き、変化、状態)を表す語のうち、ある一群の語は末尾が「る」また「た」で終わり、しかも相手にその動作をするように指示する場合には「て」で終わる、ということをある子供が知っているとする(かなり高い確率で正しく使えるとする)。また、「る」はその語の表す動作が未完了状態(または未生起状態)で、「た」は完了状態(または現在ではなく過去に生起したこと)にあることを知っていたとする。たとえば、「食べる/食べた/食べて」など。この子供は、母親が「ブランコから降りて」というのを聞くと、それらの発話が「ブランコから」「降りて」に分割できることに気づき、「降りて」は「降りる」や「降りた」という形でも使うことのできる《新しい語》として学習する。

構造分析のおかげで、語彙をどんどん大きくしていくことが可能になる。それは音声言語を「取り替え可能な要素」に細分化して処理する(換言すると、パラディグマを形成する)ことによって、分けることのできない1つの全体としての句を1つ1つ、別々に記憶するやり方(a holistic type of memory)から生じる貯蔵の負担を取り除くことができる。単語を組み立てている音をパラディグマ化することによって、個々の語彙項目を、少数の音素(phonemes)で構成された音素集合体から、いくつかの音素を選択、再結合させて作ることが可能になる。

注4)パラディグマ形成、パラディグマ化とは、ひと続きの音声連鎖(や発話)を構成している要素部分Aを、交換可能な複数要素からなる集合{a、b、c、・・・}として処理、表現、利用できるようになることである。たとえば、あか(赤)、あさ(朝)、いか(烏賊)、おか(丘)、といった5個の2音節有意味語は、{あ、い、お}+{か、さ}の組み合わせとして処理できるようになることである。この場合の{あ、い、お}が第1音節音のパラディグマで、{か、さ}が第2音節音のパラディグマである。なお、このような操作を実際に行えることと、その操作原理に気づいたり、その原理を意識しつつ操作を行えるかは別のことである。興味のある方は、「音節分解・抽出」、「かな文字の学習、習得」「天野清」で検索するといいですよ。補足:パラディグマの形成、パラディグマ化は、音形の分析だけでなく、発話の文法構造(統語、形態)の分析にも当てはまる。

この時期も、情緒コミュニケーション、言語、社会的認知のメカニズムは発達し続ける。それらの発達にともなって、子供は、他者の精神活動が自分自身の精神活動とは異なっているということ、つまり、自分が心に思い描いている内容と、他者が心に思い描いている内容は必ずしも一致するとは限らないということをある程度理解できるようになる。これがいわゆる「心の理論」の始まりである。

約20年前に書かれたロック論文を読んでの第一印象は、間主観性や社会的認知の立場に立つ言語発達理論との接点が随分あるなあ、そして、「計算」に関するアイデアには、トマセロを始めとする「用例に基づくモデル」(usage-based models)のアイデアとの親和性が随分あるなあ、というものだった。ロックの論文や著書をもっと勉強しなきゃならないことになりそうだ。

言語発達の臨界期

もう忘れられてしまった感のあるレネバーグ(Lenneberg, 1967)の言語発達の「臨界期」という概念を、新たな装いのもとに修正復活させる勢いがあるのがロックの論文だ(Locke, 1997)。それは、臨界期の位置づけとその開始・終了のメカニズムを説明するとともに、4つの段階にそって、胎児期後期から5歳頃までの言語能力の発達と障害を論じている。そのキーワードは、「社会的認知能力」「語彙の貯蔵蓄積」「分析・計算能力」「メカニズム(やシステム)の活性化」である。

ロック(1997)の論文を読めば、先行する実証研究の情報が得られるだけでなく、間主観性、社会的認知、表象、概念、等の発達を言語発達のベース(起源、土台、原動力)だと考える立場のアイデア・発見と、それとは対照的に、計算(再帰)操作する能力こそが言語能力で、しかもそれはヒトに固有・生得的に与えられていると考える「狭義の言語能力」派(もしくは、ミニマリスト)のアイデア・発見を比較照合したり、つなぎ合わせるのに役立つ重要な「ひらめき」が得られること請け合いだ。

この投稿では、社会的認知等を重視する立場の研究者として、ブルーム(Bloom)、ベイツ(Bates)、トマセロ(Tomasello)などの、1970年代、80年代から言語発達研究をリードしてきた人たちを想定している。また狭義の言語能力派としては、言語発達研究を1960年代以降、一挙に発達心理学研究の表舞台に押し上げる第一原因となったチョムスキー(Chomsky)を想定している。これらの人たちの仕事の紹介は、改めて行う予定です。

■レネバーグ, E. H. (佐藤方哉・神尾昭雄訳)1974  言語の生物学的基礎 大修館書店(Lenneberg, E. H. 1967. Biological Foundations of Language. New York: Wiley.)
■Locke, J. 1997 A theory of neurolinguistic development. Brain and Language, 58, 265–326.

注)文献掲載は、固苦しい論文でないので、一部だけにしてあります。

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