ロックの言語発達段階

前回、ロック(Locke, 1997)が4段階の言語発達モデルを提案していることにふれた。本稿では、このモデルがどのようなものであるかを紹介する。

■Locke, J. 1997 A theory of neurolinguistic development. Brain and Language, 58, 265–326.

ロックは、言語の発達が、(1)音声学習、(2)発話獲得、(3)分析と計算、(4)統合と精緻化、の諸段階を経るとしている。それらの段階が始まるおよその月齢(年齢)と、各段階がどのような特徴をもっているかを、かなりたくさんの先行研究を挙げながら、記述、説明している。

注1)本稿の「段階」という用語は、ロック論文のフェーズ(phase)という用語に私が与えた訳語である。本稿で「段階」と表記されている語の意味は、ステージ(stage)ではなく、フェーズ(phase)、つまり、「相」「期」「時期」である。ご注意ください。

ロックの言語発達モデルを学ぶと、「言語の各下位領域」の発達と、「処理過程システム及びそれを支えている神経認知メカニズム」の発達がどのように関係し合っているかについて、理解、説明できるようになるよ。

では、各段階の特徴をみていくことにしよう。

第1期: 音声学習の段階(胎児期の最終3か月期から)
子供は、人の顔や声に対する強い指向性をもっており、養育者の発した声の表層的な特徴、たとえば、プロソディー(韻律、言葉のメロディーやリズム)やイントネーションの高低曲線を学習する。子供は、身近な大人たちが発するスピーチ(話し言葉、音声言語、話しかけ)の表層的な特徴に慣れ、その人が誰であるかを見分け始める。

この時期には音声、特に、発話のプロソディーと音声セグメント(sound segments)が学習されるが、それらの学習と関係してい神経認知メカニズムは、社会的認知専用処理機構である。音声は、社会的相互作用場面、対人関係場面、とりわけ、顔や表情と結びついた形で学習される。

注2)音形能力の発達は、まだ分節化されていないひと続きの音声の断片から、個別言語に固有な音節パターンや母音、子音が確立していく過程である。音節、音素、音韻という概念がまだ当てはまらないこの時期の発話断片をニュートラルに示すために「音声セグメン」という用語が使われているようだ。

注3)「社会的認知専用処理機構」は、a specialization in social cognition (SSC)に対して私が与えた訳語。ロックは、社会的認知「モジュール」という用語ではなく、社会的認知「スペシャリゼーション」(特化、分化)という用語を採用している。それは、このスペシャリゼーションが人間以外の霊長類にもみられるものであって、人間にしかみられない文法モジュール(文の構文解析、統語の生成、形態の計算を行う)ほど、十分にモジュール化しているとは言えないためである。本稿で紹介している論文以前に出版された著書(Locke, 1993)では、SSC (社会的認知専用処理機構)と GAM (Grammatical Analysis Module 文法分析モジュール)について、かなり詳しく論じられている。SSC と GAM による二元モデルについては、別の機会に改めて紹介することにしよう。

■Locke, J. L. (1993) The Child’s Path to Spoken Language. Cambridge, MA: Harvard University Press.

言語発達を開始させる動因について、ロックは興味深いことを述べている。それは、言語発達の始まりは、言語を学ぼうとする子供の努力によるのではなく、大人側が話しかけたり、あやしたり、相手をすることをとおして、その人自身やその人の行動に注意を向けさせたり、応答させようと働きかける大人側のバイアスにあるとする見解である。

赤ちゃんが言葉を身につけるには、お母さん(赤ちゃんを世話する人)が、赤ちゃんに積極的に関わってあげることが何よりも大切なんだ。

第2期: 発話獲得の段階(月齢5~7か月から)
子供は、身近で話されている言葉の音声特性に関する情報を取り入れ、発話を収集、貯蔵する。発話の収集を担っているのは、主として右半球を座とする社会認知メカニズムである。

子供は、耳にした言葉やその一部を、句(注:文法的に組み立てられた句のことではなく、一続きの固定した決まり文句、ステレオタイプな発話)として貯蔵する。その句のシーケンスの長さや、強弱パターン、イントネーションの高低曲線はかなり正確に保持されるが、単語が音節、音素などの構成要素からできていることには気づいていない。単語をその使い方によって分類する原理にも気づいていない。この貯蔵過程には、プロソディーは特定できても、音節は特定できないという限界がある。

この段階は、まだ1つの文法を作り出すことはできないが、次の段階の分析・計算処理過程を活性化するのに必要とされる大量の言語データをサンプルとして収集、貯蔵する、という重大な役割をはたしている。

子供にとっても、この段階は特に重要である。それは、子どもにコミュニケーションの新たな手段と機会を提供する時期だからである。つまり、限られたコンテキスト(場面、状況)の中でうまく役立ち、効果的に機能する「手始めとなる発話」を子供に提供するからだ。また、たとえ表現形式が未熟であっても、大人が行っているのと同じような社会的相互作用に参加する機会を子供に提供するからだ。

第3期: 分析と計算の段階(月齢20~37か月から)
この段階では、前段階で収集、貯蔵された素材(単語、句)を対象にして、操作が実行される。実行される操作は、分析と計算(構造計算)である。まず分析が行われ、後に計算が行われる。

「分析」とは、それまでに記憶、貯蔵された音声形式を音節に分解し、規則性を発見することである。これを促す処理過程は、文法規則の発見にも適用されるが、それを主に担っているのは左半球メカニズムである。このメカニズムのおかげで、音韻、形態、統語が可能になる。

構造分析システムは、発話を統合している諸規則や、発話内の要素間の文法関係に関する諸規則を学習する。それは、発話の中で繰り返し出現する要素とその位置や、複数の発話と発話の間で繰り返し出現する要素とその位置を突き止めることによって実現される。

「計算」とは、ある言語形式に規則を適用することによって別の言語形式を導出することである。たとえば、walk + ed = walked のように、規則変化動詞の語幹 walk の末尾に、過去形であることを示す接辞 ed を結合する規則を適用することによって、その動詞の過去形 walked を導出することである。これに関連して、ロックは、動詞の不規則変化形は「連想」的に処理されるとしている。

語彙の中に貯蔵されている固定した決まり文句(分けることのできない1つの全体として丸ごとおぼえている語句)が退行・衰退し始める。それに代わって、音形面がより改良された語に取り替えられる。また、以前獲得されたより未熟な音形が捨てられ、成人のよりシンプルな音韻体系の下で音形が再構築される 。

文法能力の誘導は、それ以前に成し遂げられた成功の量に依存する。もしも発話の貯蔵、記憶がうまく行われていなかった場合には、分析メカニズムを作動させる対象そのものがないため、規則を取り出し、発見することができない。この処理過程が活性化している(分析機能と計算機能が稼働する)期間は、比較的短い期間に限定されている。その期限が過ぎると、それらの機能は低下し始める。これが、前回の投稿で紹介した言語発達の「臨界期」である。とても重要なので繰り返しておくと、ロックの考えによれば、文法能力の発達の責任を担っている分析メカニズムのスイッチがオンにされるのはこの第3段階に限られているんだ。

第4期: 統合と精緻化の段階(3歳余から)
前の段階(第3期)において分析能力と計算能力が言語獲得システムに統合されたことによって、この段階では、たくさんの語が学習され、よりいっそう大きな語彙を実現することが可能なる。またこれと並行して、統語処理がより自動的に実行されるようになる。また、産出される音形(構音、発音)も大人の音形にいっそう近づいていく。

より大きな語彙が実現されていく過程は次のようだとロックは考えている。構造分析を貯蔵されている形式(発話)に適用することによって、規則性を取り出す。つまり、規則を産出する。すると次は、これらの規則を、今ここで入力された発話に当てはめ、その発話に構造を付与する。このような操作を繰り返し行うことによって、新しい単語をどんどん学習していく。

日本語の例で具体的に考えてみよう。動作(や行為、動き、変化、状態)を表す語のうち、ある一群の語は末尾が「る」また「た」で終わり、しかも相手にその動作をするように指示する場合には「て」で終わる、ということをある子供が知っているとする(かなり高い確率で正しく使えるとする)。また、「る」はその語の表す動作が未完了状態(または未生起状態)で、「た」は完了状態(または現在ではなく過去に生起したこと)にあることを知っていたとする。たとえば、「食べる/食べた/食べて」など。この子供は、母親が「ブランコから降りて」というのを聞くと、それらの発話が「ブランコから」「降りて」に分割できることに気づき、「降りて」は「降りる」や「降りた」という形でも使うことのできる《新しい語》として学習する。

構造分析のおかげで、語彙をどんどん大きくしていくことが可能になる。それは音声言語を「取り替え可能な要素」に細分化して処理する(換言すると、パラディグマを形成する)ことによって、分けることのできない1つの全体としての句を1つ1つ、別々に記憶するやり方(a holistic type of memory)から生じる貯蔵の負担を取り除くことができる。単語を組み立てている音をパラディグマ化することによって、個々の語彙項目を、少数の音素(phonemes)で構成された音素集合体から、いくつかの音素を選択、再結合させて作ることが可能になる。

注4)パラディグマ形成、パラディグマ化とは、ひと続きの音声連鎖(や発話)を構成している要素部分Aを、交換可能な複数要素からなる集合{a、b、c、・・・}として処理、表現、利用できるようになることである。たとえば、あか(赤)、あさ(朝)、いか(烏賊)、おか(丘)、といった5個の2音節有意味語は、{あ、い、お}+{か、さ}の組み合わせとして処理できるようになることである。この場合の{あ、い、お}が第1音節音のパラディグマで、{か、さ}が第2音節音のパラディグマである。なお、このような操作を実際に行えることと、その操作原理に気づいたり、その原理を意識しつつ操作を行えるかは別のことである。興味のある方は、「音節分解・抽出」、「かな文字の学習、習得」「天野清」で検索するといいですよ。補足:パラディグマの形成、パラディグマ化は、音形の分析だけでなく、発話の文法構造(統語、形態)の分析にも当てはまる。

この時期も、情緒コミュニケーション、言語、社会的認知のメカニズムは発達し続ける。それらの発達にともなって、子供は、他者の精神活動が自分自身の精神活動とは異なっているということ、つまり、自分が心に思い描いている内容と、他者が心に思い描いている内容は必ずしも一致するとは限らないということをある程度理解できるようになる。これがいわゆる「心の理論」の始まりである。

約20年前に書かれたロック論文を読んでの第一印象は、間主観性や社会的認知の立場に立つ言語発達理論との接点が随分あるなあ、そして、「計算」に関するアイデアには、トマセロを始めとする「用例に基づくモデル」(usage-based models)のアイデアとの親和性が随分あるなあ、というものだった。ロックの論文や著書をもっと勉強しなきゃならないことになりそうだ。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です